中国進出の日系企業に向けて、人事・労務など幅広いコンサルティングを行います。
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本連載ではこれまで、ほとんどの回で、社員にとっていかに働きやすい組織にするか、いかに個々人の能力を引き出してあげられるかという内容を、どちらかというと会社にとっては厳しいかなあというテイストで書いてきました。今回は、逆に社員目線でもちょっと厳しめに思えるかもしれない内容です。テーマは、人事制度における本人評価のあり方についてです。
中国の日系企業では、人事評価を12月か3月にやられるところが多いかと思います。12月にもう終わってしまった、という企業様には申し訳ありません。次回評価の際にご参考いただければと思います。
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さて、いわゆる人事評価制度を持ち、年1回(または2回)の査定を行って、社員の処遇を決めるという仕組みでは、
1.本人評価
2.一次評価(直属上司による)
3.部門長評価(部門内調整など)
4.経営者決裁後、決定
5.結果のフィードバック
という流れになっていることが多いと思います。
中には、「本人評価はさせていない、結果をフィードバックするときに揉めるだけだから」と言われるような会社もありますね。社員がとんでもなく高い評価、例えばオール5とかを付けてきて、上司評価は2とか3とかになってしまうと対応できないという意味なのだろうと思います。
誤解を恐れずに申し上げるなら、こういう考え方では人材は恐らく育たないし、評価制度を運用する意味も半減します。総経理や幹部陣が、印象と主観によって、彼は頑張ってるから○元の昇給にしよう等々、エイヤで決めている状態と何ら変わりません。不満が水面下に溜まるだけ溜まっていき、いつか大きな争議になる可能性も高い。実際、そういう会社も何社も見てきました。
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ほとんどの会社では、人事制度、評価制度というものを、会社と社員が、ひとりひとり何ができて何ができなかったかを確認し、共有し、可能な限り客観的に判断可能な指標によって評価した結果を、処遇に反映させようということで作られているかと思います。
もちろん、仕事の評価というのは、自分でするものではなく、お客様や、より高い視座で業務や経営全体を見ている上層部によってなされるものです。お客様や勤務している会社に必要とされているから、その仕事の対価として給料が発生する、という大原則がありますので、給与査定に本人評価が反映されることは原理的にあり得ません。もし査定に不満なら、他の会社に移ることは自由意志なのですしね。よって、査定という観点だけなら本人評価は不要、という風に思ってしまっても無理はありません。
とはいえ、人事制度は給与査定のためだけにあるわけではありません。というよりむしろ給与査定は制度の目的としては二番目以降であって、第一は「こういう働き方をして欲しい、こういう能力を身につけて欲しい、こういう成果を出して欲しい」という会社から社員へのメッセージであるわけです。
だからこそ、評価結果を正しくフィードバックし、翌年にどの項目についてどう変えてくれれば評価が上がるのか、給料が上がるのかを会社としては、社員に伝える必要があります。社員のほうは、その際に、自分の現状を自分でも振り返ってみる、というステップが入っていないと、個々の評価項目(会社からの期待項目)についての理解が深まりませんし、上司がなぜ3点と言っているのかがよく分かりません。
本人評価はそのために行われる重要な機会です。社員本人に自分のダメなところを自覚させ、思い知らせるためにやるのではなく、来年どこをどのように伸ばせば、給料が上がるのか、会社は何を求めているのかを、自分でも上司と視点を合わせて判断できるようになるために行われます。だからフィードバックで「3点なんて納得いきません、私は自分の点数は5点だと信じています」などと主張し、譲らない社員がもしいても、「あー、それは視点が違うんだね。でも会社があなたに求めているものが分かった方が、給料は上がりやすくなるよ」という話にしかならない。
テストに例えれば、「設問」を理解せずに回答しても、マルは貰えないということであり、3択問題に、400字の小論文を提出しても0点です、というようなこと。自分は小論文のほうが価値があると思った、という主張はそれこそ無意味で、相手が求めていないものを出すのは、仕事ではなく趣味、自己満足の世界です。こういう駄々をこねる社員がもし御社にいたら、「ビジネスとは何か」を教える絶好の機会ですから、是非根気よく教えてあげてください。同時に会社がこの設問で求めているのは3択だ、ということもなぜそうなのかという理由とともにしっかりと教えてあげてください。
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ごくまれに「どうせ社員は、で?結局給料幾ら上がるの?にしか興味ないんだよ、フィードバックしても無駄」というような、投げやりな言い方をされる方にお会いすることがあります。残念としか言いようがありません。経営者どころか、上司としての資質もないと思われますので、組織を崩壊させる前に、速やかに退場いただくことをお薦めしたいです。
話を元に戻します。本人評価とフィードバックには、こういう「仕事、ビジネスに対する根本的な誤解をあぶり出す」という機能もあります。できれば、入社直後研修などで「仕事とは」というような講座を作って、きちんと教えておきたいところですが、既存社員にこうした教育を施さないまま来てしまった、というような場合には、年に一度の評価とフィードバックの機会は大変有効に使うことができるはずです。
もちろん、別途、多頻度に1on1ミーティングなども実施し、継続的にキャリア開発支援をしておられるような会社様なら、そこを使っていただくこともよい考えだと思います。
いずれにせよ、会社にとって人事評価、給与改定、フィードバックというのは、結構面倒で、上手にやらないとトラブルの素にもなりかねないイベントです。だからといって、正しく実施することから逃げてしまえば、良い会社、良い組織作りは決してできません。
本稿をお読みいただいている皆様には、是非正しい人事制度運用を行っていただき、活力があり、社員エンゲージメントの高い組織作りを実現いただきたいと思います。
最後にまとめますと、人事制度運用における本人評価とは、人材の成長を促すことを目的としており、会社の期待と本人の認識のギャップを可視化するために行われる、ということになります。だからギャップはあって当然で、そこを上司部下間でしっかりと話し合い、翌年の行動改善や能力開発に繋げていくことが最も重要である、ということになります。